バリ島旅行記(第3日)

昨晩からの雨は朝になって漸く小雨になりました。実は今日はヌサ地区の北80キロのバリ島最大の観光地キンタマーニ高原にDedyさんのガイドで行く予定になっていたので雨が気になっていたのです。 昨晩のスコールはバケツをひっくり返したような豪雨でしたが、昼間のスコールは直ぐ止むので心配ないとのガイドさんの言葉を信じて雨中決行することにしました。

スコールにも驚きましたが、田中外相が更迭させられたとのNHKテレビのニュースにも驚きました。 ホテルのテレビチャンネルで地元局以外にCNN、NHK等の外国衛星放送を視聴できるので情報不足になることは有りません。田中外相は科技庁長官時代から人心掌握に問題が有り、外相になって折からの外務省不正経理事件が火種になってその傾向が益々顕著になり政治問題化しましたので近々何らかの形で辞任するのは避けられないと思っていましたが、小泉内閣の高支持率を支えた存在だけに更迭による辞任は意外でした。
特に福田官房長官が更迭を了承したことを念書としてサインするよう求めたとの彼女の談話には腹立たしさを感じました。この問題はいずれ日記帳で触れたいと思います。





キンタマーニのような珍名の例として、オランダのスケベニンゲン(Schveningen)、オーストラリアのエロマンガ(Erromango)、中央アフリカのチンコ川(Chinko)等がありますが、ガイドのDedyさんもキンタマの意味を知っており、恥ずかしそうに話していました。

バリ島北側には東西に山脈が走っており、西側にバトゥール山右手にバトゥール湖、その向こうにアバン山(2153m)更に右奥にはバリの最高峰アグン山が聳えているはずですがあいにくの天候で見られませんでした。
(バトゥール湖)(バトゥール山)




天候が良ければアグン山は右の写真のように見えるはずです。 これらの山々はジャワ島からつづく火山群でバトゥール山は、1917年と1926年に大噴火を起こし、1994年にも噴火したため山頂が欠け、噴火口から流れ出た黒い溶岩流が目前の谷間を埋めていました。

山と湖を見ながら、インドネシア料理のバイキングの昼食をとりましたが昨晩ホテルのレストランで10万ルピア(1300円)もしたナシゴレンやミエゴレンが食べ放題なのに腹が立ちました。
(アグン山)





このキンタマーニへ抜ける国道沿いにはいろいろな観光スポットが有ります。 バリ島最大ので繁華街でマリンスポーツのメッカのクタ、国際空港の有る州都デンパサール、ここでバロンダンスを観劇しました。バリでは善悪双方の魂が同時に存在していると考えられ、愛くるしいバロンは善、ランダは悪の魂を象徴しバロンダンスではその双方の魂の戦いを描いた踊りで最後まで決着つかないまま終わります。マスは木の彫刻の街として有名で黒檀、白檀、チーク、マホガニー、ハイビスカス等が有りましたが、黒檀の重いにには驚きました。
(バロンを演ずる女性)(悪の象徴ランダマスク)




ウブド王家が絵画を愛し、それを外国に向けたことからウブドはバリの芸術の中心地として多くの外国人画家を魅了しております。街には多くの美術館(ネカ美術館、ルダナ美術館等)や絵画を売る店が有り、その繊細な手書きの魅力に魅せられ2枚も買ってしまいました。バリ絵画のファンのチビマルコの作家桜ももこさんが大幅に値切った話を知っていた女房は200米ドルを散々粘って80ドルまで値切り、額縁も代えさせ意気揚々としていました。

しかし同じような絵をクタのプラザ・バリで30ドルで売っていたのを見つけ真っ青になりましたが、コピーと知らされて胸をなでおろしていました。しかし、本当に買いたかったのは右に掲げる「高価で購入できなかった絵画」です。1,000米ドルと言われ値切り交渉しましたが、800米ドルは絶対に譲らず物別れとなってしまいました。
(大枚叩いて購入した絵画)(高価で購入できなかった絵画)



バリ島では90%以上がヒンズー教徒で島の各地にヒンズー教の寺院が有り、総本山がブサキ寺院ですがガイドさんの話では治安が悪いとのことでしたので見学を中止しました。 右の写真は帰路、立ち寄ったある寺院で撮ったものです。寺院と言っても日本のお寺のように住職や墓はなく無人の状態なので重要な院内の重要文化財を守るために地域の人たちが交代で巡視しているとのことです。バリ島のヒンズー教は本家インドから隔絶して発展したため御本家とはかなり異なることから「バリヒンズー教」と呼ばれております。
(ヒンズー教寺院風景(1))(ヒンズー教寺院風景(2))



ウブドから東へ5キロの「ゴアガジャ(象の洞窟寺院)」に立ち寄りました。 1923年に発見された11世紀頃の遺跡寺院で、暗い洞窟の左手に小さな裸電球に照らし出された、高さ80cmほどのガネーシャ像、右手に3体のリンガ(男根)像が祀られており、それぞれヒンズーの三大神、シヴァ、ヴィシュヌ、ブラフマを表しております。全部で15ある横穴は、かつて僧が瞑想をしたり、睡眠をとった場所と言われ、洞窟前の広場には6人の女神ウィデャダリが彫られた沐浴場がほぼ完全な状態で残っておりました。1954年に発見されるまでは広場の下に埋もれていたとのことです。
(洞窟入り口のレリーフ)(女性僧侶用の沐浴場)



ホテルからキンタマーニに行く約80キロの道路は日本で言えば国道ですが、途中信号機の有る交差点は僅かに3ケ所しかなく、特にスピード制限もなく、コンクリート簡易舗装の上、歩道も中央分離帯も殆どないのに、車は平気で60キロ以上出すので事故は日常茶飯事とのことでした。時折、右の写真のように頭に物を載せて歩く女性の姿がよく見られました。車は殆ど、日本製で修理工場のない日産以外の中古車が多く見られ、昔懐かしいダイハツのミニトラックの多いのには驚きました。
(ダイハツミゼット)(頭にお供え物を担ぐ女性)

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