北朝鮮のロケット発射に思う(3)
(人工衛星を軌道に乗せるには第1宇宙速度が必要)
北朝鮮のロケット発射に思う(4)
(人工衛星を目的に打ち上げて失敗したと推測)


第一宇宙速度(v=7.9km/s)と人工衛星の関係

人工衛星の原理を解説するに当たり、次の質問を考えてみます。

1.ジェット機で人工衛星を宇宙まで運ぶことは出来ないか?
2.ロケットは燃料が続く限り地球から遠くに行けるるのか?

1.の回答は簡単です。
ジェット機は石油系の燃料を空気中の酸素で燃やして飛びます。
高度が上がると空気が希薄になり、ある高度以上では酸素不足になって飛行不能になります。旅客機では13,000m程度が限界高度、最高記録はノースアメリカンX-15・3号機が記録した107,960kmです。
従って、大気圏と宇宙空間の境界付近までは行けますが、後述する第1宇宙速度7.9km/sを確保できませんので人工衛星を軌道に乗せることは出来ません。

2.の回答が、そのまま人工衛星の原理の解説となります。
ロケットを地上面に対して垂直に真上に向けて打ち上げます。
地上の観測者には真上に上昇しているように見えます。しかし、地球以外の天体、例えば月からはロケットは地球の自転方向に斜めに上昇しているように見えるはずです。ロケットも観測者も地球の自転によって慣性運動をしているからです。

例えば、時速200km(秒速55m)の新幹線内の乗客は新幹線の車体とともに慣性運動をしております。もし、乗客が慣性運動をしていなかったら、車内で天井に向けてジャンプした乗客は、着地までに1秒間要したとすれば、55m後方に着地することになり、ドアに激突して即死状態になるはずです。このようなわけで、ロケットの速度が第1宇宙速度7.9km/s(=28,440km/s:新幹線の約10倍の速度)未満の場合、ロケットは地上面に斜めに上昇を続けやがて地上面と平行して飛行するようになります。

この後ロケットは、地上に落下するか、そのまま地上面と平行して飛行を続け人工衛星となって地球を周回するか、地上面の接線方向に地球から離脱して宇宙にいくか、の三つの運命に分かれます。
この運命を支配するのは万有引力の法則、運命を決めるのはロケットの速度です。この関係を図示したのがこの頁の冒頭の画面です。
ここで、ケットの重量をm 速度をv 地球の重量をM 万有引力定数をG 地球の中心とロケットの間の距離をRとすれば、ロケットには次の力が働いております。

・万有引力A = mMG/R2
・遠 心力 B = mv2/R

この式を使って、上述の三つのケースを表すと次のようになります。

(1)万有引力>遠心力 なら地上に落下:
(2)万有引力=遠心力 なら円または楕円軌道で人工衛星に:
(3)万有引力<遠心力 なら楕円軌道で人工衛星または地球離脱:

ここで、運命を決める速度v=V1は、mMG/R2=mv2/R より
V1=√(GM/R)=7.9km/s で求められ、第1宇宙速度と云われます。

万有引力=遠心力が成立して、地球に引っ張られる万有引力と、逆に地球から離れようとする遠心力が釣り合うと、ロケットは地球に対して着かず、離れずの均衡状態を保って地球を周回する人工衛星になります。その均衡を保つ速度が第1宇宙速度ということになります。

この第1宇宙速度にするために、周回軌道の高度まで第1段エンジンで運んだ後、第1段エンジンや保護カバーなどを切り離して身軽にした上で、第2段エンジンを起動してこの第1宇宙速度に制御した後、人工衛星を切り離して軌道に乗せます。第2段エンジンもその後、しばらくは人工衛星と同じ軌道を周回する人工衛星になりますが、昨日の日記で述べたデブリと云われる宇宙ゴミになって、やがて失速して地上に落下していきます。

では(3)のケースで、万有引力<遠心力 つまり第1宇宙速度より速い速度を人工衛星に与えたらどうなるでしょうか。人工衛星は地球から遠ざかりますが、その速度が第2宇宙速度(=V2)と呼ばれる速度より小さい場合は、いったん地球から離れた後に戻り楕円軌道を描いて地球を周回する人工衛星となります。実際の人工衛星は、早い時期に失速して落下しないように、第1宇宙速度よりやや大きい速度で周回しておりますので、その殆どは楕円軌道を描いております。

地球から無限遠を基準とすると、
人工衛星の位置エネルーギ=mMG/R
人工衛星の運動エネルギー=mv2/2
  となり次の関係が成立します。 

(1)運動エネルギー<位置エネルギーなら楕円軌道を描いて地球周回:
(2)運動エネルギー=位置エネルギーなら放物線軌道で地球引力離脱:
(3)運動エネルギー>位置エネルギーなら人工惑星または太陽系離脱:

mMG/R=mv2/2 より、第2宇宙速度V2は下式で求められます。
V2=√(2GM/R)=√(2V1)=√2×V1=√2×7.9km/s=11.2km/s

つまり、(1)のように、速度が第1宇宙速度(V1)より大きく、第2宇宙速度(V2)より小さい場合(V1<v>V2)は、楕円軌道を描いて地球を周回する人工衛星となり、(2)のように第2宇宙速度に等しくなる(v=V2)と、ロケットは放物線軌道を描いて地球を離脱し太陽系の惑星、言い換えれば人工惑星になります。そして、更に速度が大きくなる(V2<v>V3)と双曲線軌道を描いて太陽系の惑星となります。そして、第3宇宙速度(V3)以上になると太陽の引力から離脱して遥か彼方の宇宙へ飛行することになります。この関係は下図で表わされます。

円錐曲線で表わされるロケットの軌道

この図から判るように、二体問題として解くことの出来る運動は、万有引力の法則とケプラーの法則に従い、その軌道は全て円錐曲線で表わすことが出来ます。直円錐を底面に平行に切断した断面が円、底面より上の母線で交わるように斜めに切断した断面が楕円、母線に交わらないように斜めに切断した断面が放物線、底面と垂直に切断した断面が双曲線となります。

ここで、放物線と双曲線は母線と交わりませんので、ロケットは無限遠の彼方から太陽に近づいて再び無限遠の彼方に去って二度と戻って来ないことになります。ただ、幾何学には放物線は無限遠の彼方で交わることになっておりますが現実的には交わりません。双曲線は絶対的に交わりませんので、この点で放物線と双曲線は異なります。ここで、第3宇宙速度(V3)は、地球公転軌道からの脱出速度が12.3km/sであることから、V3=√(V2+12.3)=16.7km/sと算出されます。以上を纏めると次のようになります。

ロケットを人工衛星で宇宙空間まで上げてから、地球表面に対して接線方向に初速度vでロケットを慣性飛行させた場合、ロケットは、初速度vによって次のような軌道を描いて、人工衛星、人工惑星、人工恒星となります。

・v<V1(=7.9km/s) 地上に落下(地球引力を下回り)
・v=V1 真円軌道で人工衛星に(地球引力と等しく釣り合う)
・V1<v>V2(=11.2km/s) 楕円軌道で人工衛星に(地球引力と釣り合う)
・v=V2 放物線軌道で人工惑星に(ここから地球の引力圏離脱)
・V2<v>V3(=16.7km/s) 双曲線軌道で人工惑星に
・v≧31 独自軌道で太陽系離脱して人工恒星に


北朝鮮が公開したロケット発射時の画像

北朝鮮政府は、咸鏡北道花台郡舞水端里(ムスダンリ)のロケット発射場から、4月5日午前11時20分、人工衛星「光明星2号」を搭載したロケット「銀河2号」を発射し9分2秒後に「光明星2号」を軌道に乗せることに成功し、軌道傾斜角40.6度 近地点490km 遠地点 1,426kmの楕円軌道を周期104分12秒で地球を周回しながら、金日成将軍と金正日将軍の歌を470メガヘルツの周波数で地球に送っていると発表しました。(朝鮮日報の記事より)

しかし、人工衛星の周波数を割り当てる国際電気通信連合(ITU)は、北朝鮮に470メガヘルツを割り当てたこともなく、またこの周波数から北朝鮮が主張する内容の電波も送信されていないと発表しております。また、人工衛星を常時監視している北アメリカ航空宇宙防衛司令部(N0RAD)は、北朝鮮が主張するような人工衛星は確認されていないと発表しております。

日米韓当局も、北朝鮮が主張するような人工衛星の存在を否定し、人工衛星、弾道ミサイルのいずれとも特定しておりませんが、ロケットが北朝鮮から発射され、第1段エンジンと思われる物が日本海に、第2段以降のエンジンまたは搭載物が太平洋上に落下したことを確認したと発表しております。また、北朝鮮は発射時の様子を動画で公表し、更に米国の商業衛星が打ち上げ後の航跡を下の画像にて公表したことから「光明星2号」に関する具体的な情報が明らかになってきました。

米国の商業衛星が捉えた光明星2号の航跡

以上の情報などから、北朝鮮側の「光明星2号」の打ち上げの意図は、長距離弾道ミサイルのテストを兼ねた人工衛星の打ち上げだったと私は推測します。その理由は以下のとおりです。

(1) 人工衛星の成功は長距離弾道ミサイルの成功に繋がる
「逆もまた真なり」で、長距離弾道ミサイルの技術は人工衛星の打ち上げに転用できます。現に、米国のトラスロケットやロシア・ウクライナのドニエプルロケットは、いずれも大陸間弾道ミサイルを転用して開発された人工衛星打ち上げ用ロケットです。現在、高度約600kmを周回しているJAXAの光衛星間通信実験衛星「きらり」は、ドニエプルロケットによってバイコヌール基地から打ち上げられました。

(2) 先端部分が丸みを帯びミサイル弾頭とは考えられない
長距離弾道ミサイルの場合、大気圏再突入の際の摩擦による高温に耐えられるよう弾頭表面に特殊な処理を施す必要が有り、高度の軍機秘密になっております。また、摩擦を少なくするために尖がった形状にするはずですが、「光明星2号」の先端は丸みを帯びた鈍角の形状を示しております。軍事機密を重視する北朝鮮が、このような軍事機密を含んだ弾頭の画像をを公開するわけがありません。

(3) 2回目の落下点を事前通告していること
人工衛星になるか、弾道ミサイルになるかは、第2段エンジンを切り離して第3段エンジンを加速する段階で決まります。この時、第3段エンジンが第1宇宙速度(=7.9km/s)以上を確保して接線方向に角度を制御できれば、「光明星2号」は人工衛星となって地球を周回します。しかし、第1宇宙速度以上に加速できないか、角度を制御できないと「光明星2号」は失速して太平洋上に落下していきます。2回目の落下物は、その時切り離された第2段エンジンの燃え滓です。

従って、2回目の落下点を事前通告してきたことは、その決定的な段階を予定していたこと、言い換えれば人工衛星にするための操作をする予定だったことを示唆しております。そこで、北朝鮮が事前に通告していた落下地点と実際の落下地点を下図にて比較してみました。1回目の落下点はほぼ通告どおり、日本海のほぼ中央の日本の排他的経済水域内であることが判明しておりますが、問題の2回目の落下点は通告では発射点から3,600km離れた太平洋上としておりますが、実際は発射点から3,200kmだったと推定されております。

「銀河2号」の航跡と落下点の予想(通告)との比較

いずれにしても、「光明星2号」は人工衛星として地球を周回しておりませんので、人工衛星を意図していたのなら、軌道に乗せることに失敗して最終段エンジンともに発射点から3,200kmの太平洋上に落下したものと結論されます。弾道ミサイルを意図して、仮想弾頭の「光明星2号」が発射点から3,200kmの地点に落下したのなら、飛距離不足で弾道ミサイルとしても失敗と結論されます。唯一の成功は、弾道ミサイルを意図して最終段エンジンを第1宇宙速度以下の速度にして弾頭とともに放物線を描かせて更に遠方の海上に着弾させたケースです。

しかしその場合、2回目の落下点の延長線上4,000km彼方に米国領土のハワイがあり、弾道ミサイルの航跡は米軍によって捕捉されるはずですが、米軍側はそのような弾道ミサイルの航跡は認められなかったと公表しております。弾道ミサイルとしての成功の確認は米国に頼るしか有りませんが、人工衛星としての成功は世界各国によって容易に確認されます。前述のように人工衛星として成功すれば世界からの非難をかわせるだけでなく、弾道ミサイルの成功に繋がりますから一挙両得です。

以上の理由で、北朝鮮は人工衛星を目的にして「光明星2号」を打ち上げたものの、軌道に乗せるのに失敗したことは紛れも無い事実で、推測の域を超えております。しかし、失敗を認めるとそのマイナスは計り知れないものがあることから、虚勢を張って金親子の歌を送信しながら地球を周回しているなどと、前回、1998年の「光明星1号」の時と同様にその成否に関係なく予め用意されていた幼稚な作り話を公表したものと思います。

人工衛星は打ち上げるのが目的ではなく、軌道に乗せてから気象観測や衛星通信に利用するのが本来の目的のはずです。例え、人工衛星として成功したとしても、10年も経つのに「光明星1号」の時と同じように、北朝鮮の人々しか聞けない得体の知れないメロディーを送信することに終始しているようでは、弾道ミサイルに通ずる人工衛星の打ち上げだけを目的としている考えざる得ません。


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