メバルの分類に関する歴史に思うこと(1)
(私のメバル釣りの歴史とメバル観)
メバルの分類に関する歴史に思うこと(2)
(江戸時代の人たちのメバル観)





桜の開花に伴ってメバルシーズンが近づきつつありますが、もう少し間が有りますのでしばらくの間、私のメバルへの思いをこの日記を通して語ってみたいと思います。
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私は魚が好きで小さい頃からよく食べておりましたが、当時日本最大の遠洋漁業基地だった静岡県・焼津市で生まれ育ち、父がカツオ、マグロ船に乗り組む漁師だったこともあって、食べる魚は焼津港で水揚げされていたマグロ、カツオ、ブリ、金目鯛などの赤身系の魚かアジ、サバ、イワシ、サンマなどの青皮系の魚に限られおりました。

従って、メバル、アイナメ、カサゴ、キス、コチ、カレー、ヒラメなどの白身系の魚は、故郷を離れて学生・サラリーマン生活をすることになって初めて食べたようなわけでした。時折、帰省してその話をすると父は、「あれは病人が食べる魚だ」と言い放って白身系の魚をあまり食べようとしませんでしたが、それでも静岡地方で「ジンダベラ」当地方で「ヒイラギ」とか「ゼンメ」と呼ばれる白身の小魚だけは大好物で、七輪の炭火で焼きながら美味しそうに食べていたのが思い出されます。

そんな事情で私は、白身系、青皮系の魚を対象とする釣りが有ることすら知りませんでしたが、たまたま30歳過ぎた頃、会社の親睦会で同僚の釣り眺めているうちに興味を覚え、同僚の竿を握らせてもらいました。これをビギナーズラックと言うのでしょうか、見よう見まねで竿を動かしているうちに中型のメバルが釣れてしまったのです。これが契機となって釣りに興味を抱くようになり、特に持ち帰って食べたメバルの美味しさと。あの独特の引きが忘れらなくなり、以来メバル中心の釣りを楽しむようになって今日に至っております。

当時は、三河湾の篠島、日間賀島、伊勢湾の答志島、菅島、駿河湾の御前崎、北陸の若狭湾、敦賀湾などの日本海が主な釣場で、特に小浜湾の仏谷の双児島の磯(上の画像参照)に渡っての早春のメバル釣りは10年連続で通いつめ私のメバル釣りの歴史での最盛期を飾る舞台となりました。サイズ29センチ、釣果18キロ(150尾)は現在も尚私の最高記録として残っております。

まさに、ここはメバル釣りの穴場で、30センチ近いビッグサイズを含めて常にクーラー満杯の釣果に満足したものでした。しかし、ある時、我々の大釣りの情報ががリークして関西系のスポーツ紙で報道されたのを契機に、一周100メートルほどの小さな島で7〜8人しか入れないこの釣り場は関西の釣り人たちで混み合うようになり、我々はここを敬遠して東側の敦賀湾に行くようになってしまいました。

しかし、敦賀湾での釣果は思わしくない上、小浜湾のメバルと同様に美味しくなく、地元の三河湾のメバルの美味しさを知っている家族やメバル通の親類筋からの評判が悪いこともあって、十数年前で北陸でのメバル釣りは止めて、再び篠島、日間賀島、答志島、菅島などでの波頭釣りを再開しましたが、釣り師が大挙して押しかけたり、地元漁師がチンカラと呼ばれる刺し網を防波堤沿いに仕掛けたりして場荒れし、20センチを超える3年モノは滅多に釣れなくなってしまいました。

そこで、十数年ほど前から、小型船舶を操縦できる海技免状を所持していたこともあって、波頭釣りからボート釣りに転向し、内海、常滑、豊浜、師崎、大井、豊岡、河和などの近場を中心にアイナメ、キス、ハゼ、カレーなどのを春から秋にかけて釣っておりましたが、いずれも昼間の釣りのためお目当てのメバルは殆ど釣れません。そこで、釣り友の情報によって渥美裏浜の釣り場を探索することを始め漸く、現在のマイポイントを探り当てたわけです。

左に神島、前に佐久島、右に遠く蒲郡方面を望むこのポイントは伊良湖海流の影響で潮流が早くて身が引き締まり、良質のプランクトンに恵まれている関係で、この近辺で獲れる魚貝類は美味しく、素潜りで獲るトリ貝、ミル貝、出船して沖で獲るアサリは有名ブランド品、更にアナゴ、アジもスーパーで「渥美産」の札が付くことでも知られております。従って、ここで釣れるメバルが美味しいのは当然のことで、少なくとも鳥羽湾、駿河湾、若狭湾、敦賀湾、伊勢湾で私が釣り上げたどのメバルよりも美味しいと確信しております。

魚の美味しさは、鮮度は勿論のことですが、生息する海域の潮流と餌に関係すると言われております。全国で美味しい魚の産地に共通しているのは潮流です。 佐多岬と佐賀関半島に挟まれて潮流が早いことで有名な豊予水道の関アジ・サバ、鳴門市と淡路島とをつなぐ大鳴門橋周辺の鳴門海峡の鳴門鯛、そして豊後水道や来島海峡の魚等の美味しい魚に共通しているのは早い潮流とその速い潮流によって育まれる植物性プランクトンです。

私にとって日本海の魚が今一なのは、日本海が閉鎖海域のため潮の干満差が小さく潮流が遅いからと思っております。実際、仏谷の双児島の磯でのメバル釣りでは潮時の影響は全く有りませんでした。潮流の速さは干満での潮位に比例しますので、因みに、次の大潮の日(3月26日)での双児島の磯がある福井県小浜市と渥美裏浜のある愛知県田原市の潮位グラフを下に示します。


メバルについてその歴史を私なりに調べてみたところ、記録に残っている最古の資料は、貝原益軒が80歳の時に刊行した「大和本草」であることが判りました。 貝原益軒と言えば、避妊法で知られる「接して漏らさず」の「養生訓」が有名ですが、数ある彼の著作の中ではこの「大和本草」が最高であると言われており、実際にその一部を覗いてみて、その膨大な資料と現在に通ずる博学ぶりに驚嘆しました。彼は医学者であり儒者であり本草学者でもあったことが由縁で、本草綱目の分類法に益軒独自の分類を加えて1362種について由来、形状、利用などを記載したものです。

「大和本草」は、2巻の付録と2巻の図譜を合わせて全巻で20巻に及び、彼が長年かけた観察、検証の結果であって翻訳や引用の類ではないようです。その「巻之十三」に、メバルに関する記載が有りましたので上の画像にアップしてみました。この部分を書き直すと次のようになります。

目バル
目大ナル故名ツク 黒赤二色アリ 小ナルハ四 五寸
大ナルハ一尺二 三寸アリ 食之有益人 皮ニアフララアリ
皮ヲ去テ病人食之無傷 多ク春 冬小シ メハル類数
品アリ 形状皆カハレリ 〇メハルノ子ヲ鳴子ト云醢ニス
芸州ノ名産ナリ食スレバ口中ニテナル故名ツク
〇黒キ大メハルアリ 胎生ス

現代訳の資料が見付かりませんので、私の拙い知識で間違いを承知の上で以下のように訳してみました。

メバル 目が大きいことからこの名前が付いた。
黒赤の2種類が有り。小さいのは4、5寸(約14cm)、
大きいのは1尺2、3寸(約38cm)
これを食べれば人に有益(美味しいとの意味?) 皮に脂有り。
皮を取れば病人がこれを食べても無傷(害はないとの意味?)。
春に多く獲れ冬は少ない。メバルには何種類か有り形状が皆異なる。
メバルの子は鳴子と云い、醢(塩辛)にする。
芸州(広島県)の蒲刈の名産です。食べると口中で鳴ることからこの名が付いた。黒い大メバル有り。胎生する。

興味が有るのは次の点です。

・黒メバル、赤メバルに言及するも白メバルに言及せず。
・最大サイズを38cmとし、現在よりも大きい。
・皮の脂は病人に害が有るので除去を勧めている。
・メバルの子の塩辛は広島の名産。

江戸時代に、魚を取上げた著書には、『衆鱗図:1760年』『本朝食鑑:1697年』『和漢三才図会:1712年』、『魚鑑1831年』が有りますが、中でも『和漢三才図会』と『魚鑑』で記載が有名です。

『和漢三才図会』では、メバルを「眼張魚(に米波留と云ふ)」と書いて、「按ずるに、眼張魚、状、赤魚に類して、眼、大いに瞋-張る。故に之を名づく。惟だ口、濶大ならず。味、赤く、緋魚に似たり。春月、五〜六寸、夏秋、一尺ばかり。播州、赤石の赤眼張は、江戸の緋魚と共に名を得。K眼張魚 形、同じくして、色、赤からず、微にKし。其の大なる者、一尺余。赤・K二種共に蟾蜍(ヒキガエル)の化する所なり。」として、目が大きいことからメバルをヒキガエルの化身と見立てているところが面白いと思います。また『魚鑑』では、メバルを「状あかをに似て・・・略・・・味ひほぼ同じ」と記載しております。「あかを」は鯛のことですから当時、メバルは鯛と同等に珍重されていたことが判ります。

このように、メバルは江戸時代から美味な魚として珍重され、真鯛と同様に目出度い席に出されていたようです。メバルをハチメと呼ぶ石川県能登地方では、お祝いの料理に欠かせない魚として昔から珍重され、アエノコトと呼ばれる新嘗の祭礼では、家に祭壇を作って一本釣りで釣られた生のメバルを小豆飯、大根、里芋などとともに供えてから祭主の主人が口上を述べた後、神が食したと見てメバルを食べるとの習慣が有るそうです。ただ、その場合、メバルは焼いて食べるのだそうです。

実は、我が家でも初釣りで20cm以上以上のメバルを釣った場合は、神棚に供えてからお下がりを焼いて頂くことにしております。先日の初釣りでの24cmのメバルも焼いて頂きました。写真を撮るのを忘れてしまいましたので、昨年のをこの画像で紹介させて頂きます。お酒の肴には煮付けよりも焼いて食べるのが向いているようです。きっと、神様も焼いたメバルが好きなんでしょう。


福井県小浜港の潮位グラフ 愛知県伊良湖港の潮位グラフ


このグラフから、福井県小浜港の最高潮位差(=満潮時の潮位−干潮時の潮位)が21cmであるのに対して愛知県伊良湖港でのそれは164cmであることが読み取れます。大潮の上げ下げ時、マイポイントの渥美裏浜では10号オモリを付けてもラインが斜め45度以上に流れて釣りにならいため潮止まり前後の緩んだ頃合を狙うしかないほど潮流が速いのに対して、小浜の双児島の磯ではオモリ1号かカミツブシ大のオモリでもラインは垂直になるほど潮流が遅いのはこの最高潮位差の差によるものです。

言い方を変えれば、マイポイントの渥美裏浜の海域では、速い潮流に押し流されないようにメバルたちは身体を張ることが常なのに、小浜の双児島の磯ではメバルたちは緩やかな流れの中で身体を張ることもなくのんびりとしているのが常と考えられます。従って両者の運動量に大差が有り、私には双児島の磯のメバルたちは運動不足気味で身体が締まっていないように思われました。その傾向は、双児島の磯ではメバルに限らず、アイナメ、カサゴ等の磯魚に共通しているようで、いずれも三河湾や伊勢湾の地元の同類の魚より味が劣るように感じられ、かって小浜の双児島の磯で大釣りして意気揚々と帰ってから周囲に配っても喜ばれなかった理由がよく判りました。

これは、あくまでも私の主観に基づくもので、日本海の魚が全て不味いと言っているわけではありません。氷見の寒ブリの 美味しさは日本最高ですし、越前ガニもホタルイカも私の大好物で、日本海には美味しい水産物が数多く有ります。たまたま、私のメバルへのこだわりと地元の三河湾、伊勢湾のメバルの味に慣れ親しんだ私の舌が、このような独断と偏見を生んでいるのかも知れません。ただ、この経験を通じて間違いないと確信したのは、美味しいメバルずんぐりと丸っこい形をしていて目が大きいと言うことです。双児島の磯のメバルたちはやや細長く目もやや小さめでした。
双児島の磯のメバルさんたちよ! しばらくご無沙汰しておりますが、相変わらずのんびりとお過しのことでしょうね。今回は悪口言ってゴメンね。お元気にお過し下さい。


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