−日記帳(N0.170):2002年4月11日−
ユダヤ民族の歴史(3)

4.エサウとヤコブの兄弟喧嘩

イサクは次男でしたが長男が妾腹の子だったため跡を継ぎ、ヤハウェの導きによってリベカと結婚した もののなかなか子供ができませんでしたが結婚20年目にやっと子どもができたのです。 しかもヤハウェは、「待たせたな」とばかりに双子を与えたのでした。長男はエサウ(「毛深い」「赤い」の意味)と名付けられ、次男はエサウのかかと(アケブ)をつかんでいたので語呂合わせ的にヤコブと名付けられました。

リベカは長男のエサウよりも気配りの細かい次男のヤコブを愛す一方、父イサクは野性的で豪放な兄エソウを愛したことから、この双子兄弟の間で壮絶な跡目争いが起こります。

ある日、狩猟名人のエサウが獲物を獲れないまま疲れ切っ て帰ってくると、料理名人のヤコブが美味しそうな料理を作っておりました。 疲れと空腹のエサウはその料理が無性に欲しくなり求めると、ヤコブはエサウの持つ跡目相続の特権と引き替えにすることを要求したのです。 そんなエサウはヤコブにつけこまれて、その権利をパンとレンズ豆の煮物と交換してしまったのです。

このやりとりを聞いたリベカはヤコブをエサウに変装させてイサクの祝福を受けさせ、家督を横取りしようとたくらんだのです。イサクの視力は既に弱っていましたので、毛深いエサウに似せてヤコブが着ていた子山羊の毛皮やエサウの晴れ着の匂い、エサウの獲物として出したヤコブの料理に騙されてその場でヤコブをエサウと思い込み3代目の族長にすることを宣言してしまったのです。

5.ヤコブの相続

息子のヤコブそして愛の妻リベカにもだまされたという事実、愛するエサウに何も与えられないという事実にイサクは激しく動揺しますが、ヤハウェの「次男のヤコブが跡目相続する」との予告が実現したことに驚きと畏敬を感じ、ヤハウェの予告を無視してエサウに家を継がせようとした誤ちを悟り、正式にヤコブに跡目相続させることに同意しました。

しかしエサウは、あまりの事態に絶叫し激しく泣きます。 エサウの子孫の地エドムは、農耕には向かなかったこともあり不遇なエサウの子孫たちはヤコブの子孫イスラエル人に、ダビデ王の時代に負けて支配されますが後に反旗を翻 して独立することになります。
−日記帳(N0.171)2002年04月12日−
ユダヤ民族の歴史(4)

6.ヤコブの謹慎と「イスラエル」への改名

ヤコブは父母の指示に従い、長男のエサウの怒りが鎮まるまで実家のラバン伯父(リベカの兄)の所に身を寄せラバンの娘たちを妻にして懸命に働き裕福になり、その間ラバン一家から妬まれたり、兄エサウとの諍いも有りましたが、結局卑屈なまでのヤコブの誠意が相手に通じて和解します。

そして離郷の途中の紀元前1806年、ヤコブは夢の中で神と出会い、土地贈与、子孫繁栄と身の安全を保証された上、「イスラエル」と改名するように命じられます。
ヤコブは枕にしていた石を記念碑として、先端に油を注いで祝福しますが、これが「聖地ベテルの縁起」で、エルサレムに神殿が集約されるまで、北イスラエルの聖地として礼拝の場所となります。

ヤコブがイスラエルという、12部族統合の象徴的名称を得たこと、ヤコブの愛妻ラケルの死、ヤコブの息子達12名(12部族名)のリスト、父イサクの死、エドム人の後に先祖になるエソウの系図等を伝えて、旧約聖書・創世記の「ヤコブ物語」は終わります。

7.ヤコブの子孫ヨセフのエジプトへの移住と捨て子モーゼの脱出

そして紀元前1676年にこのヤコブ(別名イスラエル)の子孫ヨセフの時代に、イスラエル12支族は食料飢餓のためエジプトへ移住しましたが多産でよく働いたため支族はどんどん増え続けます。
これを恐れたファラオ(エジプト王)は彼等を奴隷とし、生まれた男の子は全てナイル川に捨てるよう命じました。

ある時こうしてナイル川に捨てられていた男の子が散策していたファラオの娘に拾われ彼女の養子となります。 彼は成長してモーゼと名乗り、同胞達が奴隷として苦しんでいるのを嘆き、祖国へ帰そうと義兄のファラオ(ラムセス2世)と交渉を重ね漸く許可を得て彼等を引き連れて行進していた時、 気が変わったラムセス2世は軍勢を率いて彼らの後を追い始めました。

後ろから迫り来る軍隊、目の前は紅海で退路を阻まれ万事休したと思ったその時モーゼが杖を高く掲げるとその巨大な紅海が2つに割れて道が開け、人々はその海底の道を走って進みました。

ラムセス2世の軍隊もその海の道に入りましたがイスラエルの人々が海底の道を渡りきった時、海は再び一つに戻ったため軍隊は海に飲み込まれ、ラムセス2世もこれによって命を落としたと旧約聖書「出エジプト記」で伝えております。

8.シナイ山頂上でのモーゼの十戒

その後モーゼは人々を率いて砂漠を彷徨いやがてシナイ山頂上で神から有名な「十戒」を受けますがその後は40年間流浪の旅を続けることになりました。 シナイ山で神との契約(旧約)を成立させ、ここに明文化されたヘブライ教(原ユダヤ教)が確立されます。
そして、紀元前1100年前後 モーセの後継者のヨシュアがリーダーとなってパレスチナを侵略し獲得した土地を各支族ごとに分割統治させますが、以下にに述べる歴史を辿ってイスラエル民族の国は南北に分裂してそれぞれの道を歩んで行きます。


 
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