ロシアのグルジア侵攻について(5)
(カスピ5ケ国による石油争奪戦)
ロシアのグルジア侵攻について(6)
(カスピ海原油パイプラインを巡る米ソの対立)


カスピ海沿岸5ケ国

全世界の石油埋蔵量は2千億バレルから9千億バレルと推定され、その約65%は中東9カ国(サウジアラビア、イラン、イラク、クエート、UAE、バーレーン、オマーン、イエメン、カタール)で占められております。ところが1900年代になってからカスピ海の海底に大油田が次々に発見され、その埋蔵量は700億バレルと推定されるに至りました。これは、中東の埋蔵量の約1/2に相当する可能性が有りますので、カスピ海は中東に次ぐ石油埋蔵地帯と考えられます。

従って、このカスピ海を沿岸とするカスピ海5ケ国(アゼルバイジャン、ロシア、カザフスタン、トルクメニスタン、イラン)はこぞって自国の沿岸から沖に向かって油田開発を推し進めました。そして最初に開発に成功したのがアゼルバイジャンのアフヘショロン半島沖合いのACG油田(下の画像で白の矢印)でした。ところがこの油田のある位置は、下図に示すように、アフヘショロン半島先端と対岸のトルクメニスタンの沿岸を結ぶ最短距離のほぼ中間にあります。

カスピ海沿岸5ケ国

すると、トルクメニスタンは黙っておりません。このACG油田は下図の赤い矢印で示すように広い海域に分布しており、その最東端は、アゼルバイジャンのアフヘショロン半島先端の沿岸からよりもトルクメニスタンの最西端の沿岸からの方が近い位置にあることから自国の領域だと主張しました。

そこで問題になったのはカスピ海は、海か湖でした。カスピ海の面積は日本全土とほぼ同じで、海ならば世界最小の海、湖ならば世界最大の湖となります。カスピ海の湖面は黒海海面より28m低いためボルガ川やウラル川などここに流入する河川は有りますが、流出する河川は有りません。そのため流入の過程で岩盤から溶け出した塩分が濃縮されて塩湖を形成したわけですから、この点ではカスピ海は海と言えます。

しかしカスピ海は、周囲を陸地に囲まれていてここから近くの海に通ずる海峡などの海路は有りません。その点ではカスピ海は海です。カスピ海の西側にグルジアを隔てて黒海が有ります。一見、ここもカスピ海と同様に湖のように見えますが狭いボスボラス海峡をを通して地中海に通じておりますので、黒海は湖ではなく海です。

従って、カスピ海は湖とも海とも言い切れず、この10年間、当事国間で論争が行なわれ、未だに完全には決着に至っておりません。もし、海ならば、国連海洋法条約が適用され、沿岸国の領土から200海里までの水域内が排他的経済水域に指定され、沿岸国に排他的(独占的)な海底資源(油田、ガス田も含む)・水産資源などの利用が認められますので、海岸線が長いカザフスタン、ロシアや、半島などによる複雑な海岸線のアゼルバイジンは有利、短く単調な海岸線のトルクメニスタンやイランは不利になります。

カスピ海のように東西の対岸距離が200海里に満たない場合は、その半分の地点で境界線が敷かれることが原則になっております。カザフスタンとロシアはこの原則により、上図で青の矢印で示す境界線で決着しております。しかし、アゼルバイジャンとトルクメニスタンの場合は、ACG油田が対岸距離のほぼ中間に在るため、双方のの主張が下図のように噛み合わず未だに決着しておりません。


カスピ海原油の主要パイプライン

カスピ海は湖のため、ここで採れた原油を近くの黒海あるいは遠方のペルシャ湾まで運ぶ必要が有ります。例えば、ACG油田の場合、日量100万バレルが予定されておりますので、もしこれを20キロリットルの最大級のタンクローリで運ぶには1日に8,000台のタンクローリが必要となり非現実的です。列車ならタンクローリよりは安価になると思われますが、中東のように油井から直接パイプラインでタンカーに積み込むのに較べれば相当割高になります。結局、パイプラインで運ぶしか方法は有りません。

上図にカスピ海原油の主なパイプラインを掲げてみました。まず、ロシアはソ連邦時代に、バクー油田からチェチェンを経由して黒海沿岸のノボロシスクに至るパイプライン(上図の上側の緑の線)を施設して搬送しておりました。しかし、このチェチェンにはソ連邦時代から反ロ感情が根強く残りパイプラインがテロの対象になる恐れが有ることからロシアはチェチェンを経由しない別ルートのパイプラインを計画し、昨年3月完成しました。

これが、上図の緑色の線(下側)で、カザフスタンのテンギス油田からロシア本国を経由してロシア本国の黒海沿岸の港湾都市ノボロシスクに至るカザフ-ロシアルラインです。これなら、CIS加盟国で親ロのカザフスタンとロシアだけを通りますのでテロによる脅威は少なく、ロシアだけでなく欧米系の企業も出資しております。しかし、このパイプラインにも新たな問題点が浮かび上がってきました。

それはボスボラス海峡のタンカー通過に対するトルコ政府の規制でした。このカザフ-ロシアルートでは黒海から地中海に出る必要が有り、そのためにはトルコ領のボスボラス海峡を通過せざるを得ません。トルコはかってロシアとの戦争で悉く負け、領土を割譲させられた歴史を持っていることから、現在でも反ロ感情が根強く残っている国ですから、ロシアとしてはボスボラス海峡通過には以前から抵抗を感じておりました。

ボスボラス海峡はモントルー条約によって国際海峡に認定されておりますので、ここを領有するトルコが一方的にここを通過する船舶の航行を規制することはできませんが、最近通過船舶の増加に伴い衝突・接触等の海難事故で積載物の流失により汚染トラブルが発生したことを受けて航行規制が行なわれました。ロシアはこの規制をロシアへの妨害行為として非難していることからロシアは、ボスボラス海峡通過をカザフ-ロシアルートの最大の問題点と見做すようになりました。

従って、再びロシアはカザフ-ロシアラインに代わるルートを考えざるを得なくなり、日欧米系資本が中心になって建設されたBTCライン(上図の赤い線)の運用開始によって、その思いは益々強くなりました。このBTCラインは、昨日の日記でも取り上げたアゼルバイジャンのACD油田の原油を、ロシア領を一切通らずにバクー(B)からグルジア首都のトリビシ(T)を経由して、トルコのシェイハン(C)につながる石油パイプラインで2005年5月から運用されております。その最大のメリットは、シェイハンが地中海に面しているためボスボラス海峡を通過する必要が無いことです。

この結果、ロシアはエネルギー外交で日欧米系に対して手痛い敗北を喫しました。今回のロシアのグルジア侵攻は、このようにカザフ-ロシアルラインがグルジアを支援する日欧米のBTCラインに完敗したことに対する報復と私はみております。先日、有力通信社が「ロシアはグルジアにある世界経済との接点も狙っている」として、ロシア軍がBTCプラインを空爆の標的にしていろことを匂わるグルジア高官の発言を速報したことを受けてロシア軍は否定しましたがBTCパイプラインがグルジア領土内で8月5日夜、何者かによって爆破されました。

そのため、石油輸送先をジェイハンからBTCラインのバイパスのグルジア西部スプサに通ずるラインに振り分けたところ、この地域にロシアが空爆を開始したためこのラインも停止せざるを得なくなり、更にはグルジアを通過する石油輸送列車が何者かによって爆破されるなど、グルジア内の石油輸送を妨害する事件がロシアのグルジア侵攻を前後して頻発しております。その背景に、BTCラインを妨害することで、カザフ-ロシアルラインやバクー-ロシアライン(上図の緑色の下側の線)などのロシア主導のパイプラインの優位性を確保しようとするロシアの謀略と思えてなりません。


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