−日記帳(N0.1444)2008年11月16日−
母校 藤枝東、常葉橘破り連覇
−日記帳(N0.1445)2008年11月17日−
西武のアジアシリーズ優勝を祝す


優勝記念写真に納まった藤枝東の全選手
(「がんばれ藤枝東」から転載させて頂きました)

先週の11月9日の静岡学園との準決勝戦と同様、今日の常葉橘との決勝戦は藤枝東のサッカー史に残る試合だったと思います。これまでの藤枝東のサッカーは、個人技を基に華麗なパスワークで代表されてきました。静岡学園も同様に個人技を基にしているのですが、最近の選手権では3試合続けて有利に展開しながらいずれも1:2のスコアで連敗を続けております。

その違いが問題で、その違いを見せ付けられたのが、私も現地観戦した今年の国立での流経大柏との決勝戦での惨敗でした。試合開始早々から柏のプレスに藤枝東のパスワークが封じ込まれ、こぼれ球への寄りの速さで相手にボールを奪われ、手も足も出ない状態で0:4で大敗しました。ところが、準々決勝の浜松開誠館から試合のスタイルが変わってスピードがでてきたと言われます。

そして準決勝の静岡学園戦と決勝の常葉橘戦で、そのスタイルがチームに根付いてきたと言われております。私はこの3試合をいずれも現地で観戦しておりませんので、具体的に何が変わったのかは判りませんが、何かが変わったことは事実です。確かに2次リーグ最終戦の磐田東に1:3で惨敗した藤枝東と準々決勝以降の藤枝東は様変わりしております。

この試合を観戦していない私には観戦記を書く資格は有りませんので、掲示板、新聞での記事を引用させて頂いて以下に纏めてみたいと思います。情報は試合速報のみでしたので、「がんばれ藤枝東」の「試合速報」をハラハラしながら更新ボタンをクリックしていました。そして、現地のゆうさんから次の速報が投稿され た時は、思わず大声を上げてしまました。


この時の状況を掲示板、新聞での記事を引用して再現してみたいと思います。前半立ち上がりからの常葉橘の波状攻撃を藤枝東は懸命に守りきり、漸く前半15分頃からリズムを掴みだした前半22分、初めて掴んだ左からのCKで、DF大井淳がゴール前にあげたボールを常葉橘がクリアできず、ボールはネットの前で大きく上がります。 そこで。185センチの長身のFW新井がすかさず頭で合わせるとボールはゴール右隅に決まって先制ゴール!その瞬間のシ−ンが下の画像です。


1点リードして勢いに乗った藤枝東は、前半35分、再び左からのCKを常葉橘がクリアミスしてオウンゴールを招き、藤枝東が2点目を奪い、 前半2対0で終えて後半戦に進みました。 結局、常葉橘の攻撃をしのいだ藤枝東がそののまま2:0で勝利し、2年連続で全国大会に出場することになりました。 今日は、選手権が始まってから彗星のごとく光を放ち出し、この試合で先制ゴールを決めた期待の長身 FW 新井成明君にスポットを当ててみたいと思います。

新井君は中学は常葉橘でしたので、今日はかっての僚友たちを相手にプレーしたことになります。ただ、彼は中学では3年間を通して補欠でしたから、金監督や僚友たちは成長した彼を驚きの目で見たことと思います。彼は、橘中学からそのままトコロテン式に橘高校に進学するコースを選ばずに、敢えて難関の藤枝東を浪人覚悟で受験し見事に合格しました。

彼は、進学校としての藤枝東ではなく、あの藤色のユニフォームを着て、エコバ、そして国立のピッチでプレーすることに憧れたのでした。しかし、DFとして登録された彼の名前は2年生までは選手権の登録メンバーには有りませんでした。そのため、母校が昨年優勝し、国立まで行きましたが彼は国立のピッチでプレーすることは出来ませんでした。

しかし、今年FWに転向してから長身を生かして登録メンバーに載るようになり、村松君と2トップを組むようになりました。そして、1次トーナメント2回戦の星陵戦、3回戦の浜松東戦で連続してハットトリックして頭角をあらわし、2次リーグ1回戦の清水東戦では貴重な決勝ゴールをあげて全国的にも注目を浴びるようになりました。

しかし、持病の椎間板ヘルニアによる痛みが出るようになり、途中交代する場面もみられるようになりました。準決勝の静岡学園戦を控えて痛みはピークに達し、まともに出られる状態ではありませんでした。しかし、この試合に勝って、昨年立てなかった国立のピッチに立ちたいとの思いは誰にも増して強く、主治医にお願いして何本かの痛み止めの注射を打ってもらい、痛みを堪えながらも静岡学園戦に出場し、監督の指示で途中交代するまでプレーを続けたのでした。

そして、今日の決勝戦では歴史に残る決勝ゴールを決めた後も最後まで出場し続けたのでした。こんな事情を知っていただけに、彼がゴールを決めたプレーは生で観ることは出来ませんでしたが、速報欄に彼の名前が記された時は、喜びとともに涙を抑え切れませんでした。
新井君、ゆっくり休んで腰の痛みを癒してから1月2日の試合に備えて下さい。そして、悔いの残らないように動き回って下さい。例え勝運に恵まれなくても、君たちがベストを尽くしての結果なら、私たちは惜しみない拍手を送ります。がんばれ!選手諸君


優勝が決まってベンチから飛び出す西武の選手、コーチ、監督


西武が苦しみながらも、アジアシリーズを制し、日本に4連勝をもたらしました。アジアシリーズは西武にとって苦しみの連続でした。初戦のSK(韓国)は日本が北京五輪で2敗した金広鉉にてこずった揚げ句、抑えの李承浩を全く打てず、3:4で負け、2戦目も統一(台湾)の潘威倫、曾翊誠にてこずり、2:1で勝ったもののヒヤヒヤものでした。3戦目の天津(中国)も結果的に16:2で大勝したものの初回2点先制したもののその裏で2点けされて同点にされるなど一時はどうなるか判らなくなるような試合でした。こうして、予選を終えての成績は次のとおりでした。


順位 球団 国籍 国旗 勝数 負数 得点 失点 失点率
西武 日本 21 7 .292
統一 台湾 18 10 .385
SK 韓国 23 13 .542
天津 中国 0 3 6 38 1.42



西武、統一、SKが2勝1敗と勝率で並んでました。明暗を分けたのは、全失点を全守備回数で割った失点率でした。失点率の低い方が上位になることから上表の順位になり、西武と統一が決勝に進んだのでした。SKは3チームの中で最多の23得点もして、日本に勝ち、中国に勝ち、台湾には8回表を終えて4:6で負けておりましたが、8回裏の統一の攻撃を3点以下で抑えれば、例え負けても失点率で統一より下回るためSKの2位が確定するところでした。

そのため、SKの選手たちは2位は確定したも同然とばかりにベンチでは笑みを浮かべる選手もおりました。そうした雰囲気が気の緩みに繋がったのか、8回裏に予想もしなかった4点を取られて失点率で統一を上回り、この試合を勝たない限り、SKの2位はなくなりました。そして、9回表の攻撃は0点に終わり、結局SKは3位になり、決勝に進出出来ませんでした。

かって、WBCで日米戦で日本が先攻めで、9回裏2死でサヨナラアルファ負けしたことから米国よりも守備イニング数が2/3多くなったため失点率計算の分母が2/3大きい分、失点率で日本の0.283に対して米国が0.294と僅かに大きくなり米国の敗退が決まり、優勝に繋がったことが有りました。日本は国際試合で2回に渡って失点率で優位にたって優勝していることを思い出しました。

それにしても、今季の西武は見事でした。松坂、松井がMLBに、そして豊田、カブレラ、和田が他球団に移籍するなど主力が次々に抜けていったのに、中村、中島、栗山、細川、片岡等の野手、岸、涌井、帆足等の投手などの20代に若手が驚異的な成長を示し、トレードや外人に頼ることなく自軍の底上げだけで充分戦える戦力を整えることに成功しております。これは、まさに苦労人渡辺監督の手腕に他なりません。もって、他チームはこの事実を範とすべきではないでしょうか。


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