我が輩は猫である

第3節:恐怖の去勢手術

実は、タマ抜きのことは近所の野良猫たちから聞いて知っていたのでそれ自体はそんなに恐ろしいとは思わなかったがとにかく獣医の男が怖かったのである。この家に来てからは我が輩の扶養者であるこの家の主人以外の男に触られることは無かっただけに、調教時代に我が輩を痛い目にあわせた調教師の男のことが思い出されて怖くてしかたないのである。我ながら情けないがどうしようもないのである。

ところで何故、野良猫たちから聞けたかを少し話しておこう。我が輩はこの家では屋敷猫として飼われているので、自由に出入りすることは出来ないので基本的には野良猫たちと会うことは有り得ないはずである。ところがこの家の主人、我が輩の名前を勝手にハンドルネームにしているこの男、間抜けなところが有って玄関のドアーを中途半端に閉じたり、窓の施錠を忘れたりすることが日常茶飯事のように有るのでその機会を捉えて脱走出来るのである。

脱走は夜を選んですることにしている。夜は家の前の道を通る車は殆ど無い上、人影もまばらになり、野良猫たちが自由に出没しているので都合いいのである。我が輩が脱走したことに気付くと家中総出で懐中電灯を照らしながら我が輩を探し回るのであるが家の前は公園で草木が茂っておりいくらでも身を隠せるのところが有るので滅多に探し当てられたことは無い。例え探し当てられても簡単に逃げ延びることが出来るのである。この逃走劇には、お互いに面白い失敗談が有るがそれはまた別の機会に話すことにしよう。

こうして野良猫の仲間達たちに出逢って挨拶を交わした時、たまたまタマヌキされた仲間が居てタマヌキのことを教えてくれたのである。その時の話では眠っている間に抜かれたので抜かれる痛みは覚えていないが目が覚めてからズキズキ痛みが残ったが大したことはないとのことだった。 そんなことを考えているうちに、その恐ろしい男が毛の刈り取られたところに何か針のようなものを突き刺した。痛みと恐怖で身体が凍り付いていくのを感じながらもやがて意識が遠のいていき、気が付いて当たりを見回すと病院の片隅のベッドの上に寝かされているのに気付いたのである。その後に起こった奇妙な経験は次の機会に話すことにする。
我が輩は猫である

第4節:タマナシもまた楽しからずや

去勢手術後、数日して痛みは取れた。 あのブラブラしたものが無くなって何か寂しさを覚えたが、歩きやすくなったし、小便する時にも濡れることもなくなり身軽になったような気がする。タマ無しの良さを改めて思い知った気がする。

人間の男どもは、あんなものをぶら下げて大変だなと同情すら覚える。そう言えば、人間の女どもは排便後に前から手で尻を拭くのに、男どもが後ろから拭くのがやっと判った。要するにタマが邪魔になるんだな。

こうしてタマ無しで快適な生活が出来るようになったことは喜ばしいのだが、あの憧れのミーちゃんに対する思いに変化 が出始めてきたのには戸惑いを感ずる。ミーちゃんは隣のMさん宅に飼われているメス猫で我が輩より2才年上だが、三毛で小柄で可愛いく、自由に外に出ることが出来ない我が輩にとっては唯一身近な異性なので、何時しか恋心が芽生え朝な夕なに窓際から隣の家を覗きみるクセがついてしまったのだ。

ミーちゃんは元は野良猫で我が輩がこの家に来るまではこの家にも出入りしていたのだが、我が輩がこの家の屋敷猫になっtからは全くこの家に寄りつかなくなったどころか、近づくと逃げ去るとこの家の妻クン、つまり我が主人chasuke氏の女房が嘆いていたのを聞いたことが有る。

我が輩にはミーちゃんの気持はよく判る。 我々猫族は極めて律儀な動物で絶対に二君には仕えないのだ。人間どもも「犬は人につき、猫は家につく」と言っているらしいがよくぞ言ってくれたものだ。そんなことでミーちゃんはこの家から去って隣の家に寄りつくようになったので隣の妻クンが不憫に思って放し飼いの飼猫にしてくれたと我が家の妻クンが喜んでいた。

ところがあの手術以降、日毎にミーちゃんへの焦がれるような思いが淡泊になってきたのだ。異性と言う意識は有るのだが、以前のように会いたくて、会いたくてたまらないと言う思いが薄らいできたのだ。確かにミーちゃんが隣の飼い猫になってから我が輩に冷たい態度を取るようになったが、それは関係ないと我が輩は思っている。

このことが心の傷にならないように我が輩はこの家の中で生き甲斐を見出していきたいと思っている。

                                     
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