火星大接近(1) 火星大接近(2)
−火星人っているのだろうか− −どの程度接近するのだろうか−

かって運河と錯覚された線状の巨大な溝
(1980年2月22日にバイキング1号が撮影した火星)

来る8月27日に火星が6万年ぶりに地球に大接近しますので、火星についての話題があちらこちらで採り上げられるようになりましたが、小さい頃、海野十三氏のSF小説「火星探検」、「火星兵団」などを夢中になって読んだことを思い出します。「火星兵団」は「少国民新聞」に昭和14年9月24日から460回にわたって連載されたもので、勿論その連載文を読んだわけではないのですが、何故か「火星兵団」のストーリーを覚えているのです。

頭だけが妙に大きく手足が細くて小さく、まるで蛸が歩いてような恰好の火星人が、黒マントと黒い帽子で身を隠し、子供達を拉致するところから話がスタートしたように記憶しております。子供をマントの中に入れて立ち去るのを目撃した子供達に追い詰められると一瞬にしてゴム屑のような塊になるのは、米国映画「ターミネーター」でもお馴染みのシーンで、何か現代を予見しているようにも思えるのです。

海野氏は日本のSF小説の草分け的存在で、戦前に書かれているにも関わらず、「月世界探険記」、「遊星植民地」、「宇宙尖兵」、「宇宙戦隊」、「宇宙の迷子」、「大宇宙遠征隊」、「地球要塞」等のスペース小説を多く手がけており、テレビジョン、原子爆弾、赤外線、四次元等、現代を予見しているかのような語句を使っているのにも驚かされます。 

彼が「火星兵団」を書く1年ほど前の1938年10月30日に全米で放送されたラジオドラマが、全米を大混乱に陥しいれた事件が有りました。英国の作家H.Gウエルズ原作の「宇宙戦争」をドラマ化したのですが、火星人来襲を臨時ニュースのように放送したため本当のニュースと思い込んだ人々が大騒動を起こしたわけです。

海野氏も当然、この原作と事件を知っていたと思われますので、彼が火星人来襲を題材にした第一号作家とは言えませんが、火星人を動物ではなく植物としていること、そして最後は彗星の地球衝突を恐れて地球から脱出を試みる火星人を地球人がロケットで追跡すると言うストーリーには現代に通ずる斬新さが有ると私は思います。

多分、海野氏が刺激を受けたのは、彼が幼少だった明治末期にアメリカ人天文学者、パーシバル・ローエルが発表した「火星人存在説」ではなかったでしょうか。 ローエルは日本文化に興味を持ち、28歳の明治16年に日本を訪れ36歳の明治26年までの10年間、日本に滞在し、「能登−人に知られぬ日本の辺境」「極東の魂」「オカルト・ジャパン」「不可思議な日本」等、日本に関する著書を多数残しており、小泉八雲とともに明治の外国人日本研究家として知られております。

小泉八雲が来日したのが明治23年ですから、ローエルはそれより7年も早く来日しているのに、八雲ほど日本で評価されていないのは、彼はその後米国に帰って私財をなげうって天文台を作り天文学者として有名になったからと考えられますが、最近になって文学者として再評価する動きも出ているようです。

彼は、60cm屈折望遠鏡で火星を観測し、火星には運河が張り巡らされているとして、望遠鏡によって観測された火星の様子を発表しました。それには無数の直線模様が描かれておりましたが、それは彼の勝手な想像絵でしかありませんでした。彼が使った望遠鏡の解像度が悪く、上の写真ほど鮮明に縞模様を観察することが出来なかったので火星人の存在を立証したい思いから彼には人工的な線に見えたことと思います。

1969年、米国の火星探査機マリナー6号から送られてきた火星表面の画像は、それは運河ではなく、太古のすざましい洪水によって作られた巨大な溝であることが判明したからです。そして、その後も火星探査機によって持ち帰られた火星表層のサンプルを分析した結果、有機物の存在を立証するデータは現在までに得られておりませんので、火星人は勿論のこと少なくとも地球上で考えられるような生物の存在は否定されております。

でも、私が戦後になって、「火星兵団」を読んだ時は、運河説はまだ否定されておりませんでしたので火星人が存在する可能性も残っていたように思います。だからこそ、実際に有り得る話として興味を持って読めたものと思います。最近、映画に出てくる宇宙人はさすがに太陽系惑星ではなく、探査機が行けないようなはるか数億光年も遠い彼方の星の生物と言う設定になっておりますが、光速以上の早さで宇宙空間を運行出来ないことからこれまた荒唐無稽の話です。


  大接近  中接近  小接近
2003年8月27日2005年10月30日2012年3月5日
距離=5576万km距離=6942万km距離=10078万km
光度=-2.9等星光度=-2.3等星光度=-1.2等星
視直径=25.1秒視直径=20.2秒視直径=13.9秒

火星接近時の、距離、光度、大きさ(視直径)の相対的比較
(この図表はAstroArtsの資料を参考にさせて頂きました)

太陽と惑星、そして惑星間の距離は惑星がそれぞれ異なる楕円軌道で公転しているため特定できません。地球と火星の距離も同様で、大体5,500万km台から9,900万kmの間にあり、平均的には7,700万km台になります。天体間の距離は太陽と地球の平均距離1.5億kmを1天文単位(AU:Astronomical Unit)として表示されますので、これで表示しますと、7,700万km=0.51AU、つまり地球と太陽のほぼ半分ぐらいの距離と言うことになります。

しかし、それでも実感が湧かないので、実感出来る地球の直径(約12,700km)を単位(EU)にして表示すると、7,700万km=6060EU つまり、地球の直径の約6000倍と言うことになります。更に地球と月の距離(約38万km)を単位(MU)として表示すると、7,700万km=200MU つまり地球と月の距離の約200倍と言うことになります。もし、ジャンボ機の最高速、1,000km/hで地球から火星に最短距離で航行しても、8.8年間もかかってしまうことになります。実際に火星にロケットを航行させる場合は、引力離脱速度4万km/h以上の速度を必要とするため航行時間が短縮されますが、それでも最短距離で約80日程度はかかります。

実際に惑星探査機が目的の惑星を目指す場合は、地球、月、惑星の引力を利用して加速するスイングバイと言う航法を採用しますので航行距離は最短距離の10倍以上になるのが普通です。そのことは、1998年7月に打ち上げられた日本初の火星探査機「のぞみ」は、1998年12月に月のスイングバイにより加速・軌道修正して、約7億kmの総航行距離を約10万km/hの速度で約10ケ月かけて1999年10月に火星に到着する予定でしたが、軌道修正時に燃料を使い過ぎて遠回りの軌道に変更したため大幅に航行距離が増え、結局4年以上も遅れて今年末から来年はじめにかけて到着することになった経緯からもうかがい知ることが出来ます。

今年8月27日に火星が有史依以来55,000年振りに地球に5,576万kmの距離まで大接近しますが、何故大接近なのか調べてみました。地球と火星は隣り合って太陽のまわりを楕円軌道で公転しております。従って両者が接近する第一条件は太陽と両者が直線上に並ぶことです。これは両者の公転周期から2年2ケ月毎に起こりますので2年2ケ月毎に小接近が起こります。後は私の想像で間違っているかもしてませんが説明してみます。

両者の離心率(より楕円になる程度)、軌道長半径はともに火星の方が大きいので、第一条件を満たす中で火星が近日点になる場合が中接近で、15年か17年に1回、中接近が起こります。これを第二条件とします。この条件を満たす中で地球が遠日点になる場合が大接近で79年に1回起こります。これを第三条件とします。この条件を満たす中で火星の近日点が最大・最小になる場合、更に地球の遠日点が最大・最小にになる場合が有り、その組み合わせにより、更に205年・・・と続き、今回が55,000年に1回の超大接近と言われております。

次回以降の大接近は次のように計算されております。

2003年+79年×0 =2003年 5,576万km 
2003年+79年×1 =2082年 5,588万km 
2003年+79年×2 =2161年 5,604万km 
2003年+79年×3 =2240年 5,618万km
2003年+79年×4 =2319年 5,644万km

ところが、2240年と2319年の間の2287年に5569万kmと今回より7万kmも短くなります。これは、2240年+15年+17年+15年=2287年とたまたま中接近が超大接近になっておりますので、超大接近は大接近の79年間隔とは限りません。上の画像では今回の世紀の大接近、通常の中接近、最遠に近い小接近の三つのケースでの距離、光度、大きさ(視直径)を相対比較しております。

今回の8月27日大接近では、最遠距離に近い2012年3月5日の小接近に較べて距離が約半分、大きさは約倍になっているのに対して光度は(-2.9/-1.2)×5√100=6.1(倍)となり、星空の中でもひときわ明るく火星が輝くことが判ります。大きさも倍になりますと満月の1/72程度になり、光度も金星の-4等星に近く肉眼でもまず見落とすことはありません。

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