−日記帳(N0.1408)2005年10月22日− |
小泉総理の靖国参拝の是非 |
−日記帳(N0.1409)2005年10月23日− |
紅葉の乗鞍へバス旅行 |
平服でお賽銭箱の前で参拝する小泉総理 |
小泉総理は10月17日日午前、東京・九段北の靖国神社を参拝しました。参拝は昨年の元旦以来で、首相就任後、五度目でした。今回は従来のモーニング姿ではなく普段着の背広姿で首相としての記帳をしないで、しかも初めて本殿には上がらずに一般の参拝者と同じようにポケットから無造作にお金を取り出して賽銭箱に入れるという「私的参拝」を強調しているように感じられました。 案の定、中韓両国は例によって強い反発姿勢を見せ、中国は、町村外相の訪中を拒否し、韓国は潘基文外交通商相の訪日中止を表明し、年末の日韓首脳会談の中止も示唆する強硬姿勢を示してきました。このように、漸く改善の兆しが見えつつあった日中、日韓関係が再び悪化するのは大変残念ではあります。 しかし、昨日、一昨日に述べましたように、中韓の小泉総理の靖国参拝批判は、日本と異なる死生観を日本に強要し、死者の前世を問わないで「罪を憎んで人を憎まず」との寛容な精神で死者を慰霊する日本人の美徳を冒涜するものですから、この批判を受け入れて小泉総理が靖国参拝を中止したら、日本は彼等の理不尽な要求に屈服したことになり、日本の弱腰を世界中に曝け出すもので国民として承服できません。 それにもかかわらず、日本のメディアや野党は、このような中韓両国の要求が死生観の違いを無視した理不尽さについては殆んど言及せずに、例え参拝を中止しても何の解決にもならないことなどを含めて、中韓両国には「罪を憎んで人を憎まず」という日本特有の死生観を基に理解を求める論調を展開し、国民には中韓両国の靖国参拝批判そのものが理不尽であることを解説すべきなのに全く逆の言動をしております。 日本のメディアや野党は、中韓両国の小泉総理に対する靖国参拝批判をその不当性には何も触れずに冷静に報道し、小泉総理が参拝を行なうことによるデメリットは誇張して報道することで、国民に小泉総理の靖国参拝が国益を損なうかのような印象を与えております。実は国益を損ねているのは彼らの報道姿勢そのものであることに気付いていないようです。 確かに、小泉総理の靖国参拝によって一時的に日中、日韓関係が悪化することはあるでしょう。しかし、日本としては、小泉総理が彼等の不当な要求を呑んで参拝を中止することで屈辱をあじあうくらいなら、日韓関係の一時的な悪化など取るに足らないことでしょう。中韓両国と日本の関係は既に揺るぎないものになっており、このことで国益を未来永劫にわたって損ねることなど有り得ないと思います。残念だったのは、小泉総理が大阪高裁の首相の靖国参拝違憲判決に配慮して、一般の参拝者として参拝したこと、そして日本のメディアがそれを中韓両国への配慮と屈辱的な報道をしたことです。小泉総理には堂々と日本国の最高責任者として参拝して欲しかったと思います。 |
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