−日記帳(N0.1466)2005年12月19日−
松下電器製石油温風器の事故
−日記帳(N0.1467)2005年12月20日−
PL法と松下電器


事故を起した松下電器製FF石油温風器の配置図
(屋外給排気筒内の本体への接続ゴムホースが劣化)

このところ連日のように、一酸化炭素中毒事故を起こした松下電器産業製のFF石油温風機の回収を呼びかけた同社の告知広告放送が茶の間に流れるようになりました。女性アナウンサーの語調が葬儀の司会者のような重々しくなるのは、この事故で二人の死者を出しているだけに止むを得ないことと思いますが、番組を楽しく観ていてそのCMタイムにこのような声が流れてくると興醒めを覚えることも有りますが、同社が年末商戦のテレビCMを全てこの告知広告に切り替える熱意に敬意を表して静聴することにしております。

松下電器は、19日の今日の記者会見で回収・修理対象の15万2000台強のうち、18日時点で45%の約6万8000台の所在が特定できていないと発表しました。告知広告放送は、10日間で全国18,200本、延べ86時間に及び、終了予定だった今日以降も継続するようです。私は当初、回収は無理だろうと思っていただけに、むしろよくぞ55%も回収できたものだと思いました。何故なら、対象製品は1985年から1992年にかけて製造されたもので、新しいものでも13年以上も経過しているからです。

一般にガス器具は部品の劣化が進行するため部品交換や専門店での点検が必要で、それらを行なわないで安全に使える耐久準用はせいぜい10年程度と考えるのが妥当と思われます。従って10年も使えば廃品にして買い換えるのが一般的ですので、実際13年以上も使い続けていた事実は驚きでした。消費者の生命・財産を守るために11年前に制定されたPL法(製造物責任法)hさ、このような事故が起こった際の製造者の免責期間を販売後10年としておりますので、もし今回の事故で消費者がPL法で松下電器を訴えても法的には認められないことになるものと思われます。

私の家では、45年前に作られた松下電器製の電気足温器をまだ捨てずに物置に置いております。毎年、大掃除のたびに捨てようかと思案するのですがまだ充分使えるので捨てきれないのです。更には10年以上前の松下電器製のVTRやエアコンはまだ一度も故障せずに毎日のように使っております。その前の他社製のVTRやエアコンが購入後5年ぐらいで故障が多発して買い換えただけに松下電器製品の耐久性の良さが浮き彫りになったことが有りました。

今回の事故原因は、燃焼バーナーに屋外から空気を送り込むゴムホースが劣化したために送り込む空気量が不足して不完全燃焼を起して発生した一酸化炭素が部屋の中に排出されたこと、更にゴムホースを外したしたまま修理してしまったことに有ります。確かにPL法の立場からすれば松下電器が200億円もの事故対策費を予算化して、連日メディアを通して告知広告し、大型ゴミ同然の対象製品を5万円で引き取ったり無償で点検修理するのは異常に思われますが、PL法制定のきっかけにもなったある苦い経験がこのような異常事態を招いているように思われます。そのことは明日触れてみたいと思います。

1988年(昭和63年)3月8日、八尾市南太子堂のマンション1階の太子建設工業事務所から出火して約40平方メートルの事務所が全焼するという火災事件が発生しました。太子建設工業の畑本登社長は、この火災原因は松下電器製のテレビの発火によるものとして、松下電器を相手取って約730万円の損害賠償を求める訴訟を大阪地裁に起しました。これが世に言う「松下電器 テレビ発火事件」です。そして、大阪地裁・水野武裁判長は「火災原因はテレビ本体からの発火で、テレビには欠陥があったと認められる。製造者が欠陥について、過失がないと証明しない限り、過失があったと推認され、賠償責任を免れない」として松下に約440万円の支払いを命じたのでした。

実はこの判決は画期的な内容を持っており、この判例がきっかけとなってその6年後の1994年に、消費者の生命・財産を守ることを目的とするPL(Productive Liability)が遅ればせながら日本でも制定されました。このPL法制定以前は、家電製品などの欠陥が原因で消費者が損害を受けた場合、その損害賠償を求めて製造者(メーカー)を訴えても、原告の消費者自身がその欠陥が製造者の過失によることを立証する義務を負わされているため、訴えても製造者側が過失を認めなければ敗訴になるのが通念とされ製造物責任を問うことは出来ないものとされておりました。

ところが、水野武裁判長は、事務所にいた従業員の「テレビ付近から黒煙が上がっていた」との証言や他の原因を否定する消防の報告書などから「電源コードの取り扱いを誤りコードがショートし発火した」との松下側主張を退け、「テレビ本体の発火が原因」と認定し、更にテレビのような製品の場合、消費者は安全性について製造者を信頼して購入することから、「製造者には高度の安全確保義務があり、この義務に反したら製造物責任を負う」と判示した点に従来の通念を覆し、家電製品の事故で製造物責任を認めた初の画期的な判例となりました。

この判決に対し、産業界の中には「松下は控訴してもおそらく勝つだろう」との見方も有り、松下側は当然控訴するものと思われておりましたが、9日後「松下、控訴を断念」との記事が大きく採り上げられました。水野武裁判長の「製品に欠陥があるということは製造者の過失が推認できる」とし、これを覆すには、「製造者が自らの過失がないことを立証する必要がある」として、それまでの消費者が欠陥原因を解明して製造者の過失を立証することを必要要件としないとして、被害者、製造者の立場を全く逆にする判決が同じ法理の下で示されたことは、少なからず松下電器に動揺を与えたものと思われます。

つまり、松下電器はここで控訴して争っても、この判例の持つ消費者保護の考えがいずれ米国で実施されているPL法に繋がり世論をも味方にしていくことは必至で、勝てる見込みが薄い上裁判の過程で消費者と敵対することの悪影響を配慮したものと思われます。これが、今回の石油温風器の事故に対する同社の対応に表われていると私は考えております。つまり、今回の事故はPL法が施行されている現在ならテレビ発火事件が起こった17年前とは逆に製造者の松下電器側に有利で、例え訴えられても勝訴する確率が高いにも関わらず、当初からPL法を無視して被害者救済、事故の再発防止を最重点課題としたのでした。

今回は同社の初動対応の悪さから二番目の死者を出したことに加え所轄官庁から指導を受けたこと、更には耐震強度偽装問題で消費者救済の動きが強くなっている社会的背景などが松下電器の対応に繋がっているとは思いますが、三菱自動車のリコール隠しや耐震強度偽装問題などで製造業者たちの無責任さを見せ付けられているだけに、今回の松下電器の対応は消費者に好感をもって受け入れられているのではないかと思います。対策が実って第三の死者がでないことをお祈りします。


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