−日記帳(N0.1523)2006年02月14日−
ネパール物語(1)
(今回のネパール旅行の概要)
−日記帳(N0.1524)2006年02月15日−
ネパール物語(2)
(ネパールってどんな国)



来月2日から5泊7日の日程でネパールに旅行しますので今日から「ネパール物語」と題してまとめてみたいと思います。 上図で示しますように、中部国際空港からタイ国際航空機でバンコクに深夜に到着、宿泊して二日目の朝、タイ国際航空機でネパールの首都カトマンズに昼頃到着。カトマンズでは車の排気ガス等でヒマラヤを展望し辛いため午後バスにてカトマンズの西約30kmにあるナガルコット(2175m)に行って、東にエヴェレスト、正面にランタン、西にマナスルの壮大なヒマラヤの展望を楽しみます。運が良ければ北東の遥か彼方にエベレストを望むことが出来るそうですが果たしてどうでしょうか。この日はナガルコットに宿泊し、夕日と翌朝の日の出を鑑賞します。


三日目の朝、バスで昔ながらの情緒ある街並みが残る古都で世界遺産バクタプルの町に行き、旧王宮、ダルバール広場等を見学し、昼過ぎに国内線で空路ヒマラヤの迫る国際観光都市、ポカラに行きます。サランコットの丘展望台で夕日を鑑賞しポカラで宿泊します。四日目の朝は、チョーレパタンへ約3時間のミニハイキングをし、 午後、ポカラの旧市街観光後、ヒマラヤの夕暮れを鑑賞しながらペワ湖をクルーズし連泊します。五日目の朝、国内線にてカトマンズへ戻り、世界遺産カトマンズ市内観光、午後は世界遺産パタン市内観光をします。


六日目は、エベレスト遊覧飛行をしてからカトマンズよりタイ国際航空機でバンコクに行き宿泊後、七日目にバンコクより中部国際空港に向けて帰国します。


(外務省海外安全ホームページより)

ネパールの正式国名は、ネパール王国(Kingdom of Nepal)で、国旗は上の地図に見られるように赤地に青の縁取りで、大小の直角三角形を上下縦に並べた 世界でも類を見ないユニークなものです。日本の四国を東西に伸ばしたような長方形に近い形をしており、その広さは北海道の約1.8倍です。人口は2,474万人で北朝鮮(2,123万人)よりやや多く、緯度は沖縄から台湾の範囲ですが、ヒマラヤ山脈の南側山麓に位置して高地(標高約1,300mで軽井沢とほぼ同じ)にあるため、東京と比べて夏はそれほど暑くなく(最高気温30℃前後)、冬はそれほど寒くなく雪は降らない典型的な大陸性盆地の気候です。

地理的には、北側をチベット(正式国名ではなく中国の自治区)東西南側をインドに囲まれております。従って、歴史的にチベット、インドの影響を受けております。1958年にチベット住民が中国政府による社会主義化政策に反対して反乱を起こした結果、ダライ・ラマがインドに亡命し約8万人がインド、ブータン、ネパールに逃れ、ネパールでは1961年に最初のチベット難民定住センターがカトマンズに建設され、5年前に当時の緒方国連難民高等弁務官も訪れております。

30以上の民族からなり、インド系、チベット系、中央アジア系の3つの系統に大別されます。言語は、公用語が ネパール語で人口の90%がネパール語を話せますが、他に12の言語と30の主要な方言が有ります。宗教は、 ヒンズー教が86%、仏教8%でイスラム教、キリスト教信者も少数ながら存在しております。お釈迦様も実はカトマンズの南西約250kmのインドとの国境に近いタライ平原の中に在る 世界四大聖地のひとつで世界遺産に登録されているルンビニと言う小さな村で生まれております。ここにはアショカ王の石柱古い僧院跡、マーヤー夫人がお釈迦様を出産する前に身を清め産湯に使ったと言われるが残されており、敬虔な仏教徒にとってはイスラム教徒にとってのメッカのようなところです。残念ながら今回の旅行では訪問しません。

ネパールでは憲法によって国教をヒンズー教と制定しております。お釈迦様は元々ヒンズー教とでしたから仏教との定義の区別が出来ませんのででネパール人はヒンズー教と仏教を区別せずに、 ミックスして信仰しているようです。 通貨単位は、ネパール・ルピーで、1ルピーは約1.5円です。ネパールは英名の「Kingdom of Nepal」が示すように国王による立憲君主制を敷いておりますが、これが最近大きな問題になっております。

先週現ギャネンドラ国王自らの民主化ロードマップ実現の第一歩となる地方選挙が国王の強権政治に反発する主要七政党が選挙をボイコットするという異例の情勢下で強行されたため、反政府武装勢力、ネパール共産党毛沢東主義派(通称マオイスト)によるテロも懸念されたため、軍が各地で厳戒態勢をとるなどして騒然となったため日本のマスコミでも大々的に報道され、旅行が中止されるのではと心配しておりました。

幸い、旅行先のポカラ地方は上の図にありますように、危険レベルは最も低い第4レベルの「十分注意してください」、カトマンズは次に低い第3レベル「渡航の是非を検討してください」ですので、旅行社は催行に支障ないとして無事催行されることになりました。しかし、陸路でのカトマンズからポカラへの移動は危険が多いとの理由で近距離にもかかわらず空路となっております。


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