−日記帳(N0.1559)2006年03月24日−
紫綬褒章とWBC優勝
−日記帳(N0.1560)2006年03月25日−
メキシコの反米感情が奇跡を


ジャパンのユニフォームがよく似合う王監督

先日、大学の教養部時代の同窓会に出席し、一昨年紫綬褒章を受章した友人のことが話題になりました。彼の画期的な発明は在職していた会社だけでなくその業界にとっても多大な貢献をしたのですから受賞は当然のこととして彼の偉業を讃えたものでした。ただ一緒にこの話題に加わっていたもう一人の友人の場合は、どんな車でもボンネットを開ければ彼の発明による部品を見つけることが出来るほどにポピュラーな発明をしているのに紫綬褒章を受賞していないのは不公平ではないかとの意見もでましたが、一方でWBCで優勝した王監督、コーチ、選手全員に今秋、紫綬褒章を授賞するとの報道が出てこれも話題になりました。

これまでも、オリンピックで金メダルを受賞した選手たち個人に紫綬褒章が贈られたことは有りますが、数十人に及ぶチームメンバー全員に紫綬褒章が贈られたことはこれまで有りませんでした。百科事典によれば、「褒章とは、日本国政府が、業務精励、発明改良、私財寄付など顕著な善行をなした者へ授与する賞であり、勲章・位階と並ぶ日本の栄典の一つで、紅綬褒章・緑綬褒章・黄綬褒章・紫綬褒章・藍綬褒章・紺綬褒章の6種類がありオリンピックのメダリストも褒章の授与対象とされることがある」とされております。そして、問題の紫綬褒章は「学術芸術上の発明改良創作に関し事績著明なる者」に授与される褒章で1955年の栄典制度改正により新設され、同年、創作舞踏の第一人者であった石井漠氏が授与第1号となっており、毎年50〜100名・団体が受章し、オリンピックで成績優秀な者(メダリストなど)へ授与されるのもこの褒章である」とされておりますので、WBC優勝の日本チームという団体が紫綬褒章の受賞対象になること自体は何ら問題は有りません。

私も、この定義からすれば今回のWBC優勝は受賞に値すると思いますが、次のような意見が有るのも事実ですので、これに対して私の考えを述べてみたいと思います。

(1) 王監督、金城選手等の外国人にも受賞資格有りや?
(2) 和田(西武)のように出場してないのに受賞資格有りや?

確かに王監督は台湾人の父を持ち現在でも日本に帰化しておりませんので正確には日本人ではありませんが、既に国民栄誉賞を受賞しており、褒章受賞資格に日本人であることの条件は無いようです。王監督を外国人と意識している野球ファンが居るでしょうか。同じような事例で美空ひばりさんを外国人として意識した歌謡曲ファンが居たでしょうか。金城選手も韓国籍のまま帰化してないようですが首位打者の実績も有り誰も外国人として意識している野球ファンは居ないと思います。戦前、日本の囲碁界で最高峰の呉清源が中国人という理由で本因坊になれなかった時、日本人の狭量さが非難されたことが有りましたが、そのような恥ずかしい経験を乗り越えて日本人のこころの広さを韓国、中国など世界ににアピールするいい機会ではないでしょうか。

私の思い違いかも知れませんが、少なくとも2次リーグ以降、和田選手がプレーした姿を見た覚えは有りません。同様に、久保田選手、相川選手も殆んど見かけませんでした。しかし、彼等とて何時でも出場できるように万全の準備をしていたはずです。そして出場すればそれなりに活躍したことと思います。控えの選手と言えども貴重な戦力に変わりありません。個人的な理由でWBCを辞退した両松井選手、井口選手、田口選手等のメジャーリーガーよりずっと好感が持てます。胸を張って受賞して下さい。その資格は充分有ります。


国旗を掲げて対米戦勝利を喜ぶメキシコ選手たち

米墨戦争(米国とメキシコの戦争)以来、多くのメキシコ人は反米感情を抱いております。小さい頃、米国映画で「アラモの砦」を見て感激したことをよく覚えております。勇士、デービー・クロケットなど僅か180人余のテキサス人(実際は米国人)の軍隊が立て籠もる元教会のアラモの砦(テキサス州・サンアントニオ)に1836年2月23日、メキシコのサンタアナ将軍が4千人の大軍をひき連れてアラモを攻撃し3日間に渡る激戦の末、砦に立て籠もったテキサス人全員が戦死した実話に基づく映画でしたが、何も判らない私には米国の正義とメキシコの横暴だけが残りました。

しかし、その後メキシコと米国の歴史を冷静に調べていくうちに、確かにメキシコのサンタアナ将軍は横暴でしたが、元を糾せば、国際的に認められていたメキシコ領に勝手に米国人が西部開拓の美名のもとで入植して、勝手にテキサス共和国を樹立しようとするのですから領主国のメキシコがこれを阻止しようとするのは当然の行為であり、この映画は米国人の愛国心を煽るための映画に過ぎないと考えるようになりました。

ただ、メキシコ側が生き残ったテキサス人兵士まで処刑するなど残虐な行為を行なったらしく「アラモを忘れるな」の合言葉をテキサス人、米国人に植えつけてしまい米国側の正義を印象付ける結果となり、後にテキサス側の勝利、米国への編入の流れを生み、最終的にはメキシコと米国の戦争に発展しメキシコは惨敗して国土の1/3を米国に有償とは言え、タダ同然の値段で割譲せざるを得なくるきっかけとなったのがこのアラモの砦の戦いでした。

それだけなら、特にメキシコ人に反米感情が大きく湧いてくることは無かったのですが、米国に割譲した元メキシコの領土から金、石油が出るに到って割譲したことに対する悔悟、そして最近になってメキシコも世界6位の産油国になったものの両国の経済格差は広がる一方でメキシコから米国に出稼ぎに行こうとするメキシコ人を厳しく取り締まる米国に対して憎悪する感情までメキシコ人に芽生えるようになりました。

そんな両国の置かれた土壌のもとで、米国人のボブ・デービットソン塁審の米国びいきの判定にメキシコの選手たちは奮い立ったのは当然の成り行きでした。何も、メキシコの選手は日本のために頑張ったのではないのですが、結果として日本の優勝を演出してくれました。今年は、メキシコに感謝の意味を込めてメキシコに観光旅行してきます。テキーラでメキシコ人たちと乾杯しながらWBCの話ができたらと思っております。


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