講座集 第2章 資源回収・リサイクルに役立つプラスチックスの知識

(1)プラスチックスは玉突きの球からはじまった

資源ゴミの回収・リサイクルが社会的課題になっております。
その資源ゴミの中にプラスチックスが有ります。
金属、ガラス、新聞・雑誌・パック類は一見してリサイクル可能と判るので分別収集 は比較的簡単ですが、プラスチックスは量的には少ないのですが、燃えるのに 「燃えないゴミ」に分類されたりしてその処分に迷うことが多いと思います。

更にそれに輪を掛けているのは、このプラスチックスが間違って呼ばれていることです。
例えば、燃やすとダイオキシンが発生する恐れが有るプラスチックスとして「塩化ビニール樹脂」 が有りますが、そうでない他のプラスチックスまで「ビニール」と呼ばれることがしばしば有ります。
プラスチックスは、まずこのビニールとそうでないものを分別することから始まりますので、この 間違った呼び名は大変問題なのにあまりマスコミ等でも取り上げられておりません。
そこで、プラスチックスの正しい呼び方と簡単な識別法をご紹介したいと思います。

そのために、まずプラスチックスの歴史に少し触れてみたいと思います。 実はプラスチックスの歴史はまだ浅く、本格的に使われ始めて約半世紀、発見からも1世紀程度の 歴史しか有りません。

昔、ヨーロッパのとある金持ちが、当時ビリヤードの球が象牙製で非常に高価だったため、人工的に同等 なものを作れないものかと考え、もし作れたら懸賞金を出すと言い出したのです。 そこで、もの好きな街の発明家達があたかも錬金術師のようにいろいろな薬品を混ぜたりしてこの懸賞問題に挑戦したのです。

(2)日本最初のプラスチックスはエボナイトとセルロイド

その後の顛末は手元に資料が無いので判りませんが、そうした経緯を経て1907年にベルギー系のアメリカ人ベークランド博士が石炭酸とフォルムアルデヒドを混ぜると液体が徐々に固まることを発見しました。
これが現在でも使われているフェノール樹脂で「ベークライト」と言う商品名で全世界で作られるようになりました。
日本では、ベークランド博士の親友だった高峰譲吉博士が特許権実施承諾を受けて三共株式会社品川工場で1911年試作を開始したのが日本のプラスチック工業の草分けで、その後は現在の 住友ベークライト株式会社に引き継がれております。

年配の方ならご存じと思いますが、殆どの電話機が黒い色をしていたのを覚えておられることと思います。 今では殆ど見かけなくなりましたがこれがこのフェノール樹脂で作られていたのです。 現在はABSと言う樹脂に代わってしまいましたが、耐熱性、電気絶縁性に優れているため戦前から電球を差し込むソケット等に盛んに使われておりました。
「エボナイト」もそのフェノール樹脂の商品名でした。

松下電器の創始者の松下幸之助氏が会社を設立して最初に作った製品がこのフェノール樹脂で出来たソケット類だったのです。
当時、フェンール樹脂は「練り物」と言われ、樹脂に添加材を混ぜて型に入れて加熱して固めてから冷却・離型 していたようです。

戦前は身の回りにプラスチックスを見かけることは少なく、ピンポン球、高級万年筆、櫛、眼鏡等に今でも使われているセルロイドが、エボナイトとともに数少ないのプラスチックスのひとつで、日本最初のプラスチックスだったのです。


目次に戻る 次 頁 へ
P−1
inserted by FC2 system